from 湘南の自宅オフィス
こんにちは、菊池です。
「早く30代になりたい。」
これが、僕の20代前半の頃からの口癖でした。
その言葉の中には、大げさに言うと「絶望感」とか「失望感」とか、とにかく、今ここではないどこかへ「逃げたい」という感覚でいっぱいで。
恥ずかしながら、今だから正直に言ってしまうと、僕のことを「理解してくれる」人たちとだけ関わりたくて、そうじゃない人たちのことは「自分の人生から排除したい」と、そんな風に考えていました。
その当時の僕ったら、もうコンプレックスの塊みたいなもので。
まずあったのが「普通コンプレックス」
自分って、なんて平凡な人間なんだろう、という(笑)
見た目にも中身にも、優れた特徴なんて何もないし、かと言って絶望する程のこともない。
一言でまとめてしまえば、ごく「普通」の人。当たり前なんだけど。
でも、僕自身は自惚れが強いところがあって、どこか自分は「普通じゃない」し、もっと言ってしまえば、「少しくらい特別」であっても良いし、とにかく「普通」なんてありえない。
そうやって心の隅っこでは思っていたから、「普通」がたまらなく嫌で、コンプレックスでした。
それから「年齢コンプレックス」
例えば「コーチングやってます」って言うにしても、「若いのに頑張ってるね〜」とか「若いからこれから楽しみだね〜」とか、何にしても「若い」と言われて、片付けられて(いるような気がして)いました。
自分のことを「ちょっとくらい特別なんじゃないか(と信じたい)」と思ってた様な人間でしたから、そうやって「僕」を見てくれないことに不満で、だからこそ「年齢で甘く見られない様に」って、実力を付けることにも努力しました。
自分なりに知識もつけて、実践で腕も磨いて、「年齢」ではなく「実力」で見てもらえるように。
でもそのプロセスが、僕にとっては余計にコンプレックスを足すことになりました。
学べば学ぶほど、同世代とは話が合わなくなる。(と感じた。)
かと言っても、いくら実力を磨いても、結局、先輩方には敵わない。(と感じた。)
そのうちに「何でコーチングなんてやろうと思っちゃったんだろう」とか、
「普通に就職しようかな。でも今ごろ後戻りしても、かっこ悪いしな」とか、
そう思ってるうちに「こんな気持ちなんて、誰も分かってくれない」っていう孤独感とか、絶望感、失望感が強くなって、それでも何とか自分を保たないといけないから、自分を大きく見せようとしてプライドばっかり高くなったり、傲慢さが増したり。
「ああ、これが悪循環っていうんだな」って、冷めた目で自分を見ていたこともあったり。
もちろん、僕を応援してくれたり、理解してくれる人はいたんだけど、その時の僕には、「そうじゃない人たち」の方が圧倒的な存在感に映っていました。
それで・・・
他にもたくさんコンプレックスがあったんだけど、今日の目的は「コンプレックス自慢」ではなく(笑)
そんな風に「勝手に」自分を八方塞がりにしてた僕は、「とにかく今ここではないどこかへ行きたい」という心境で「早く30代になりたい」という発言を、心の中で繰り返してたわけです。
「30代になれば、少しくらい、大人として認めてもらえるんじゃないか」って。
(んなわけないんだけど、それくらい余裕がなかった、ってことです。)
でもここ数年、毎年が毎年を上回るような、嬉しい成果を手にすることができる年が続いて、僕にも少しくらいの余裕が持てるようになったわけです。
そうすると、たくさんあったコンプレックスとも「今までありがとうね」っていう気持ちでサヨナラすることもできて、今となっては「あの時があって良かった」とも思えるくらいにまでなれました。
一言で「投影」とか、そういう風に片付けられたくはないんだけど、やっぱり僕自身が、誰よりも僕自身のことを、信じてあげられてなかった。
だから、人が「〜〜してくれない」って、いじけてた。
ただ、今では素直に、もっと僕のことを、人に「理解して、認めて、平等に扱ってほしかった」んだなーと思うことができるし、それは同時に、僕自身が、僕自身のことを、そうしてあげたかったんだって感じるんです。
それで、自分のことがそれなりに満たされていくと、少しずつ、意識を外に向けることも思い出していくんですよね。
「なんで、今この活動してるんだっけ?」
そうだ。
将来の夢がなかった高校二年生の時に、憧れた先生がいたんだった。
「こういう大人になりたい」って、思ったんだった。
偏差値36しかなかったのに、学校の先生になりたくて、勉強して大学に行ったんだ。
本当は、すぐに就職して、両親のことを楽させてあげたかった。
だけど「やりたい事があるなら、進学しなさい」って、大学に行かせてくれたんだ。
それで大学生で本格的にコーチングを学べて、教育実習に行って、すごく充実してた。
アルバイトで貯めたお金で、両親に旅行に連れて行ってあげたかった。
高校生の時に連れて行ってあげられなかった、甲子園球場に。
だけど「自分で貯めたんだから、自分で使え」って。
そのすぐ後に、母が亡くなって。
「学校の先生になる」って夢も、何だか無意味に感じてしまった。
だけどやっぱり、天国にいる母にも、ピンピン生きてる父にも、心から愛して応援してくれる兄と姉にも、頑張ってる姿を見てもらいたくって、
だから、コーチングで頑張ろうって、思えたんだった。
そして、僕自身がそうだったように、イキイキ夢を持って働きながら生きてる大人の姿を見て、「僕も、私も、あんな大人になりたい!」って、子どもたちが将来に夢を持って生きていける日本にしたい。
そのために、想いを持って活動している起業家さんたちを、僕がその時にできる最善のコーチングで応援したい。
そのために、コーチングしたい。
そうやって少しずつ記憶が戻ってきた時、僕は「早く30代になりたい」の言葉の意味が分かってしまいました。
僕は、もっと世代が上の人たちに認められたいんじゃなく、本当に力を注ぎたいと思っているのは、実は「同世代の人たち」でした。
本当は、同世代の人たちと、社会をもっともっと良くしていきたい。
やりたい仕事が出来て、それが人や社会の役に立って、しかも、得たい報酬を得られる。
そんな、夢のある働き方を、現実にしていける人を増やしていきたい。
僕は「ゆとり世代」の第1年目なんですが、それこそ「ゆとり」のおかげで社会が(良い方へ)変わった、と「ゆとり」を舐めている方々(笑)の、目をまん丸にさせて言わせたい!(笑)
本当は、心のどこかでそう思っていたんだけど、当時は僕がそんなことを言える立場でも身分でも、実力でもなく・・・
じゃあ今がそうかと言われても、それはそうでもないんですが(笑)
とにかく当時は、それができないと認めたくなくて、恥から逃げたくて、自分のプライドを保つために、あえて目を背けて見ない様にしていました。
心の声にも耳を閉ざしていたし、感情も感じない様にしていました。
・・・んが、見てしまったし、聴いてしまったし、感じてしまった(笑)
と、いうわけでして(?)
これまで「Be Coaching」という屋号で走り続けて来ましたが、この度、「Be Coaching 株式会社」として、本日より装いを新たに走り始めることとなりました。
これまでは、キレイゴトなしに正直に言ってしまえば、ひとまず自分やクライアントが成果を得られればそれで良い、と思っていました。
が、上記でお話しした通り、これからは少しずつですが、社会性のあることにももっとチャレンジしていこうという心持ちで、より自由に動けるように法人化することにしました。
これまで通り、学校やPTAの方々への授業・講演、『想い』や『志』のある起業家の方へのコーチングに全力を注ぎます。
そして新たに、同性代の方々や、それに携わる立場の方々との連携、時には講演・セミナー・コーチングなどを、ガシガシとさせていただきます。
後者に関しては、現在、アテはありません!(笑)
やりたいだけです!(笑)
でも、やれる自信はあります。
ですので、ここに宣言しておきます。
きっと宣言したことで、必ず何かしらのご縁が回ってくるでしょう。
僕は今まで、そういう男でしたから(根拠のない自信)
と、いうわけですので、このブログをいつもご覧下さっている全国36万人の方々(はい、ここツッコミどころですよー!)には、この記事を持ってご報告とご挨拶とさせていただきます。
これからも、毎回ふざけたような記事ではありますが 一生懸命に、心を込めてブログを綴り続けていきます。
今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
よいクリスマスを・・・♫
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読者様からのお声:
「より良く生きるヒントがつまっている」
「今までの自分になかった視点と気づき」
「読み進めるうちに夢や目標を思い出す」
「マーカーだらけになった一冊」
「自分の見方が変わり、未来が楽しみに」
「ずっと孤独感があったが、
自分は愛されていたのだと気付いた」
「深呼吸より自然に、メンターに出会えた」
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ブログ筆者:Be Coaching 株式会社
代表取締役 菊池 達郎(きくち たつお)
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